2012年3月23日金曜日

将棋の駒、「歩」の裏が「と」になった一説について、亡父の説は有力説でしょうか...

将棋の駒、「歩」の裏が「と」になった一説について、亡父の説は有力説でしょうか?それともこじつけでしょうか?
将棋の駒で、「歩」の裏が「と」となっています。「と金」と呼ばれています。

では、なぜ「歩」が敵陣に入ってなると裏返って「と」になるのか?



ある将棋の本では、銀~歩までの裏側の文字は「金」のくずした字体で、銀からだんだんとくずし方が激しくなり、「歩」の裏はひらがなの「と」に似ているから「と金」と呼ばれるようになった、、、とありますが、



昨年亡くなった父(三段でした)が晩年言っていた説は、

将棋を指す人は「歩兵」のことを「ふひょう」と読むが、これは「ほへい」と読むのが一般的だ。江戸時代の発音では、「ほへい」でなく「ほへー」であっただろう、、、すると、考えられるのは、「い」「ろ」「は」「に」「ほへー」「と」で、「ほへー」の次は「と」としゃれたから(次に出世したら、とも言ってました)「と金」となった。

どんなものでしょうか?



私は「と金」は「鍍金」、本来は銅を冶金処理して表面を真鍮化した上で金箔を押し、金でできているようにみせる技術(現在のメッキの日本版)からかな、とも思うのですが?



皆さんの御高説をお願いします。


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「と金」の「と」の意味は、諸説あります。

その意味で、質問者様の説も質問者様のお父上の説も

一理ありますし、実際にそうした話を聞いたこともあります。

・・・しかし、親子揃ってオモロイ発想するひとやなー(笑)。



でも、残念ですが(?)、どちらの説も少数派(?)です。

いちばんもっともな説は、ここで言っておられるように、

「金」の字をどんどんどんどん崩してしまったら「と」みたいな

形になっちゃった、というものです。

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